激走!旅のゴールへ
果てしなく思えた、 「イーストブルーの冒険」も ついに完結します。 拙い文章ですが、 “何だか旅って面白そう!” “次の週末は自転車にでも乗ってみるか!” そんなことを誰かひとりにでも 感じてもらえたら幸いです。 さて、 梅村拓未と奥平啓太の、 あの無謀と思われた冒険も、 あとは釧路に帰るのみ。 果たして、 このまま無事に旅を終えることが できるのでしょうか。 渾身の言葉を綴ります。 どうかお気軽にお楽しみください!
日本一の日の出
ここ納沙布岬では日本の本土で最も早く 日の出を見ることができます。 つまり、 俺は今日! 日本で一番最初に太陽を見たぞ と言えるわけです。 朝4時30分 4人の旅人がセットしたアラームが 一斉に鳴りだします。 「ああ、起きなければ…」 と思っていながらも、 ここ根室の朝は寒い!! 4人の旅人は誰も布団から出ることが できずに、不気味に共鳴するアラームの 音が小さな部屋を包んでいます。 私は薄れ良く意識の中で自分と戦っていました。 “ああ、昨日まで3日間 私はよく走った… 今日くらいゆっくり寝てはどうだろうか。 うん、それはいいアイデアだね。 今日で私の旅も終わるのだ、 のんびり行こうじゃな… !!!! 今日で旅も終わる!? ばかやろう! 旅の最終日に、 こんなところで自分に負けてたまるか!” 私はガバッと飛び起きました。 他の3人もここぞといわんばかりに 布団から飛び出しました。 もう、間に合うかどうかギリギリのライン! 4人の旅人は言葉もなく、 布団から飛び出した5秒後には小屋から出て、 岬に向かって全力疾走していました。 目覚めた瞬間に全力で走り出すという経験は この先の人生でもうないだろう… 私たちは冷たい空気を切って、 灯台に向かいます。 「ま、間に合った!?」 何というタイミング。 私たちが到着すると、 真っ暗な水平線に真っ赤な点が現れました。 赤い点は水平線をつたって線となり、 さらに光を強くして、 瞬く間に当たりを朝焼け色に染めました。 ・・・。 私たちは息を切らしながら、 日の出を見つめ、 感動のあまり言葉を失いました。 太陽はこんなふうに、 世界に朝を届け続けているのだな… 体の底から エネルギーが沸いてくるのを感じました。 太陽がある程度登ったところでやっと、 私たちは喜びを分かち合いました。 「いや!すごいタイミングだったな」 「まじで危なかった、よく走ったよ」と 手をたたいて喜びました。 鈴木食堂のおじちゃん、おばちゃんも すでに起きていて 「おっ、間に合ったかい?」と 一緒になって喜んでくれました。
朝陽を背に、いざ旅のゴールへ
それから、 小松さんとサトシさんは もう少し休むと小屋に戻り、 私と梅村は自転車に荷物をくくりつけ 出発の準備を進めました。 というのも、 今日はこの旅最長の170kmを走る予定。 日の出にもらったエネルギーをそのまま 走り出す力に変えて、 さて、いよいよ出発というところで、 小屋から小松さん、サトシさん、 食堂からおじちゃんおばちゃんが出てきて、 手を振って出発にエールを送ってくれました。 「ああ、なんて素敵な出会いだったのだろう」 梅村は目頭を熱くしていました。
目的地は霧多布岬
朝陽と追いかけっこをするように走り、 根室市街で朝すき、メガ牛丼を食らい、 私たちはさらにペダルを回しました。 次の目的地は浜中町(はまなか) 霧多布岬(きちたっぷみさき)です。 映画のロケ地にもなった美しい岬だそう… しかし、しかしなのだ、 さすがに自転車を漕ぐのが苦しい… 私と梅村はこの4日間、 毎日限界を超えるチャレンジを続け、 心身ともに疲れ果てていました。 そんな状態でも 一漕ぎ一漕ぎ踏み込む力をくれていたのは、 間違いなく、この旅の出会いでした。 瞬間、瞬間の旅の記憶が すでによみがえってきて、 苦しいとき、立ち止まりたいとき、 倒れ込んでしまいたいとき、 たくさんの力をくれました。 私と梅村も顔をしかめながら、 苦しいとき、 「今日も最高の日にしような」 そんなふうに励まし合いながら走りました。 きっと、 植村直巳さんのような大冒険家だって こんなふうにまわりに力をもらいながら 冒険を続けていたのだろう… そんなこと考えながら、 人は決して、
一人じゃ生きていけないよなあ…と 物思いにふけっていました。
絶景!霧多布岬
私たちは浜中町に到着しました。 のびのびとした大草原、 柔らかい風、なんて素晴らしい場所なんだ… 浜中町は豊かな自然のある町で、 そこからとれる牛乳はハーゲンダッツの アイスクリームの原料になっています。 ほんのり香る甘味、 豊かなコク、 爽やかな口あたり、 人生が変わる牛乳が味わえます。 さて、そんな素晴らしい浜中町の海岸で 存在感を放っているのが霧多布岬です。 「いや、ここは日本なのか…」 実は私と梅村は自転車の漕ぎすぎで 死んでしまい、 天国に来てしまったのでは… と思ってしまうほどの絶景。 ああ、 今日もなんて素晴らしい日なのでしょう!
旅は終わった!?
上機嫌の二人は、 美味しいラーメンで腹を満たし、 霧多布温泉で疲れを癒しました。 実は浜中町は『ルパン三世』の作者 モンキーパンチさんの故郷なのです。 町のいたるところにキャラクターがおり、 温泉ののれんは男湯にルパン、 女湯に不二子ちゃんが描かれています。 『ルパン三世』の豊かな表現の源は この浜中町にあるのだな… 露天風呂につかりながら町を一望し、 二人はすっかり気分をよくしました。 疲れた体に温かい湯が染みわたり、 ああ、もう動きたくありません。 二人は声をそろえて 「もう、ここで旅が終わってもいいね」 と呟きました。 ・・・。 だめです! 俺たちはまだやる! 走る!走る!走る!と気合を入れ、 二人は幸せに満ちた湯舟から飛び出しました。 「何か目標があった方がいい、 そうだ厚岸(あっけし)でカキを食べよう」 ということで次の目的地は厚岸。 二人は泣く泣く、 温泉を後にしたのでありました。
試練
神様は厳しい! 温泉を出て自転車の元に向かうと、 荷物があさられていました。 犯人は… カラスです! 奴らは私たちの貴重な食料である、 グミを食べ散らかし、 ついでに荷物にフンをかけていきました。 いらだった二人は 犯人かも分からぬ通りすがりのカラスに、 「ちくしょう!!グミを返せ!!!」 と叫びました。 カラスは 「あ?」 と首をかしげていました。 荷物をふき、何とか走り出した二人に 次なる試練が待っていました。 厚岸までの海岸沿いの道が 厳しいこと… 猛烈なアップダウンを繰り返す道、 下りながら 「ああ!!もう下らないでくれ!」 「助けてくれ!!」と叫ぶ始末。 終いには夕立が二人を襲い、 ずぶ濡れ… 神様は厳しいのです。
厚岸のばかやろう
私たちは生まれたての小鹿のように フラフラと自転車を漕ぎ、 なんとか厚岸に到着しました。 厚岸は豊富な海の幸で有名な港町です。 特に厚岸産のカキは絶品。 口にいれた瞬間、 まるで花火が弾けるように うまみが舌をつつみます。 私と梅村はそんな絶品のカキを求めて 厚岸までやってきました。 しかし… ああ、無情。 タッチの差で市場が閉まり、 カキを食べることはできませんでした。 私たちはやり場のない感情を爆発させ、 「このクソカキ!!!」と叫んでやりました。 夕日も沈み、すでにあたりは真っ暗… 私たちは沈んだ心を何とか引っ張り出して、 もう一度走り出しました。 もう心身のエネルギーを使い果たし、 抜け殻のようになりながらも、 「釧路へ、釧路へ!!」と自分を奮い立たせ、 ラストスパートをかけました。 さあ、残すは45kmです。 いくぞ、拓未!!
事件発生
私たちは真っ暗になった山道を 渾身の力で漕いでいきました。 「釧路まで〇〇km」 という看板に励まされ、 気力だけで走っていました。 そして、 釧路に向かう最後の小さな峠で 事件は起きました。 灯りひとつない山道を登っているとき、 後ろを走る梅村が声を出しました。 「啓太、やばい…」 おいおい、どうした梅村。 私が頭のイカれた、 やばい男なのはいつものことだぞと 思いながら振り返ると、 彼の姿は遠くにありました。 ん? 自転車を降りている? 慌てて駆け寄ると 彼は静かな声でつぶやきました。 「パンクした」 ああ、ここに来て、 あと釧路まで20kmを切った ここにやってきて、 パンクするのかと… 限界など、とっくに超えています。
二人は顔を見合わせ、 笑うしかありませんでした。 最後の最後まで、 旅は、、 旅ってやつは オモシロい!! 二人は真っ暗闇の急斜面で、 iPhoneの光を頼りに、 パンク修理を始めたのでした。 これが後に語り継がれることとなる、 源義経伝説に並ぶ、 「山中急斜面のパンク修理」です。 (誰も語り継いではいません)
ラストスパート!!
30分ほどでタイヤのチューブを抜き替え、 もう一度走り出した二人。 念のため持ってきた パンク修理セットと空気入れが まさか役に立つとは。 さあ、いよいよ旅のゴールが見えてきました。 釧路まではもう20km! もうどうにでもなれ!!! と二人はペースをあげ、 怒涛のラストスパートをしかけました。 薄れゆく意識の中で、 私は今回の旅を振り返っていました。 あんなこともあった、 こんなこともあった、 どの記憶も決して 昨日や一昨日のこととは思えませんでした。 二人の旅の毎日は 本当に濃い、濃密な日々でした。 そして、日づけも変わるころ、 ついにその瞬間が訪れました。 み、見えた!!! あと100m、 30m、 もう目の前!! やったぞ!!!!!!!! ついに二人は、 あのワクワクしながら飛び出した釧路、 梅村ハウスに帰って来たのです。 抱き合って喜び、 頬には涙がつたいました。 「イーストブルーの冒険」 無理だと言われた、 伝説の4日間の大冒険が ついに完結したのでありました。
旅を振り返って
本当にいい旅だった… この言葉に尽きます。 準備の段階からトラブルがあり、 一度は諦めたこの冒険。 けれども、 やるだけやってやろうと 自転車で飛び出した二人。 釧路から知床まで 雄大な北海道の大自然の中を走り、 天まで伸びるような知床峠を越え、 雨の中走り、 標津にテントを張り、 本土最東端の納沙布岬で 素敵な仲間と 朝陽に出会い、 幾多の苦難を乗り越え、 根室からの190kmを20時間かけて 走り抜け、 今、ついにゴールしたのです。 数えきれない、 人との出会いや、 絶景や絶品の数々、 そのすべてが今、心の中に、 きらきらとした「宝物」となって 輝いています。 私たちは、たくさんの人に支えられて 走りきることができました。 いま、ここに 「ありがとう」という言葉で 旅を締めくくらせていただきたいと思います。 「ありがとう」 「有り難し」と書きます。 有ることが難しい。 きっとこの言葉の前には 「当たり前で」 という言葉がつきます。 「当たり前で有ることが難しい」 人生のすべての瞬間に、 「当たり前」なんてひとつもないのだと。 旅は私たちにそんなことを教えてくれます。
それから二人は
「イーストブルーの冒険」 これは三年前の話です。 それから梅村と奥平は どうしているのでしょう。 梅村は残りの大学生活を、 愛するサッカーに捧げました。 彼は多く悩みながら、 キャプテンとして、 素敵なチームをつくりました。 彼のまわりにはいつも笑顔があふれていて、 何かが起きそうな予感がするのです。 彼はさらにスポーツ、 そして、教育と向き合うために 大学院に進学しました。 これからもたくさんの奇跡を 起こしてくれることでしょう。 一方の奥平、 私は彼のように、 立派なことはできておりません。 大切な友人の命を失い、 失意に埋もれ、 誰かを守れる人になりたい、 もっとホンモノに出会いたいと 自転車に乗り日本縦断の旅に出ました。 それでも、飽き足らず、 ついには大学を休学して 世界一周の旅に出ます。 そして、今やっと 大学4年生をやっています。 そして、 あれから3年がたった今。 そんな二人が もう一度タッグを組もうと 燃えています。 その名も、 「自転車で人をつなぐプロジェクト」 大きなことはできませんが、 二人で自転車の旅をしながら、 たくさんの人と出会い、 人から人へ、 「思いやり」や「感動」のバトンを つないで走りたいと考えています。 有り難いことに すでに何かがつながって、 動き出しているようで サポートカーをやってくれるという人や 応援にかけつけてくれる人が 声をかけてくれています。 関わってくださる すべての人のおもいを乗せて、 私たちはもう一度走ります。 皆さんに何かが届くことを 願ってやみません。 それでは、 二人の冒険をお楽しみに。
”自転車で人をつなぐプロジェクト”に続く。
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