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はじまりの旅 -道東の旅3章-

執筆者の写真: Keita OkuhiraKeita Okuhira

来たぞ最果て、納沙布岬


さて、旅も三日目、 こうして三年前の旅 「イーストブルーの冒険」を 書き綴っているのですが、 皆さん、 お楽しみいただけておりますでしょうか。 完全に自己満足ではありますが、 それでも、何か伝わったら嬉しいな、 自転車旅は何だか楽しそうだなと 思ってもらえたならば、幸せです。 それでは、 東の根室(ねむろ)のそのまた東、 納沙布(のさっぷ)岬を目指して、 さあ、行きましょう!!

 

キャンプ場の朝



鳥のさえずりで目を覚まし、 テントから飛び出すと きらきらと輝く太陽が眩しい… テント泊からの目覚めは どうしてこうも気持ちがよいのだろう… ゆっくりと伸びをしていると 隣の梅村が「いてえ、いてえ」と 騒ぎ出しました。 どうやら寝ている間に、 微妙なでこぼこによって体を痛めたようです。 体をさすりながら、 テントから出たと思えば 「いい天気だぜ」と歌を歌っています。 そして、キャンプ場を後にし走り出すと 「木に干したタオルを忘れた!」と 騒ぎ出しました。 もう慣れましたが、 梅村は一人で五人分の賑やかさを 演出する男です。 彼の母と話す機会があったのですが “昔から女の子みたいに話し好きで、 ずっと何かしゃべっているのよ 半分聞き流すくらいで丁度いいわ” と教えてくれました。 そんな彼ですが、 その言葉のひとつひとつが この旅を賑やかにしてくれています。 とにかく素直に言葉にする彼から 学ぶところは多くあります。

 

秘密兵器!トレイン!!



走り出すと、 昨日の峠越えの疲れが出始め、 思うようにペースが上がらない二人。 「ついに、あの技を出すときが来たか」 「ああ、やってやろう」 秘密兵器「トレイン」を発動しました。 この技は、 自転車で空を飛んだり、 火が出たりするものではありません。 ただ、 ものすごく近い距離で、 縦に並んで走るという技です。 はっ? という声が聞こえてきそうですが 驚くなかれ、 先頭を走る自転車を風よけにして ぴったりとくっついて走ると 後ろの人はまるで引っ張られるかのように グイグイと進んでいくのです。 二人が力を合わせ、 10kmごとに先頭を交代しながら走ります。 すると結果として 一人で走るよりも断然速く 移動することができるのです。 力を合わせると 個の能力など軽々と超えていく、 これがチームで闘う 面白さではないでしょうか。

 

道の駅・尾岱沼(おだいとう)



快調に走っていくと 小さな道の駅「尾岱沼」に到着しました。 ここには、 北方領土を見つめる銅像 『四島への叫び』があります。 家族は遠く海の果てを見つめています。 いいえ、 全然遠くなんかありません。 肉眼でもすぐ近くに「国後島」が見えます。 文部科学省が定める社会科の方針では 「北方領土は我が国固有の領土」と 強調され、現場でもそれが 子どもたちに伝えられています。 先生の言うこと、 教科書に書いてあること、 分かるのだけれど… 何だかイメージができない、 北海道で生きてきた私でさえも… 「どこか遠い場所のできごと」と 他人ごとのように教科書を眺めていました。 きっと、 本州ではなおのこと。 狭い教室で、 先生がいくら熱く伝えようと、 子どもたちに考えさせる 素敵な授業があったとしても、 本当のところで 子どもたちの心をガーンと揺さぶることは 悲しいかな、難しいことだと思います。 どんなに優れた教科書よりも、 どんなに優れた授業よりも、 「その場に立つこと」 「当事者であること」 これが一番の学びに違いありません。 この岸壁から、 確かにはっきりと見えるあの島を 目に焼き付けて何を思うか… 悲しみか、怒りか、諦めか、 どれも当てはまらぬ感情か、 この言葉にできない感情こそが 問題の複雑さを物語っています。 私と梅村は立ち尽くし、 沈黙することしかできませんでした。 私は旅をし、 「ホンモノ」と出会い、 私なりの言葉を探し続けることを 決意したのでありました。

 

厚床で焼肉を食らう!



私と梅村はさらに南に激走し、 ついに厚床(あっとこ)に辿り着きました。 右に曲がれば ああ、懐かしき釧路。 左に曲がれば 最果ての地、根室。 という分岐点に位置しているのが厚床です。 そこにはぽつりと焼肉屋がひとつ… 腹を減らした二人は 吸い込まれるように、 焼肉屋に入っていきました。 「ああ、肉だ!!肉だよ!!!」 私たちは手をたたいて喜びました。 汗だくの二人が 夢中になって焼肉に 食らいついているのを見て 気の毒に思ったのか、 店主さんがやってきて 「ほれ、お疲れさん、食べな」と 美味しそうなサンマをご馳走してくれました。 クタクタの体に 力が溢れてきました。 人の優しさこそ 無敵のエネルギー。 無限のガソリンなのです。 深々と感謝を伝え、 最果ての地、根室へとペダルを踏み込みます。

 

東の果ての小さな港町



柔らかな昼下がり、 私たちは自転車を漕げば漕ぐほど 人の気配がしなくなってくるのを感じながら さらに走っていきました。 そんなときにぽつりと現れたのが 北海道の東の果てに位置する小さな港町、 根室です。 花咲ガニという珍しいカニ (最高に美味しいが実はやどかりの仲間)や 新鮮な海の幸が存分に味わえる場所です。 根室に到着した二人でしたが 今日の宿は決まっていませんでした。 もうこの際、 行けるところまで行ってやろう!! バカな大学生の二人が、 釧路を出て、知床峠を超え、 海岸沿いをずーっと南下し、 分岐点、厚床では迷わず最果ての地を選び、 やっとここまでやってきたのです。 二人のテンションが頂点に達し、 さらに20km東へ、 日本、本土最東端、 「納沙布岬」(のさっぷみさき) に向かうことを決意しました。 どうやら、断崖絶壁にぽつりと ライダースハウスがあるよう… 今日の宿も決まったところで、 二人は夕日を背に、 棒のようになった脚を叩きながら 必死に自転車を漕いでいきました。

 

納沙布岬



ちょうど夕日が沈むころ 私と梅村はついに納沙布岬に到着しました。 寂しげに立つ灯台に背をもたれ、 二人は海を眺めました。 もうこの先には何にも見えません。 聞こえるのは波の音だけ。 「こんなところまで来ちゃったな…」 旅というのは 自分で遠く遠くへゆくのに、 そのくせ寂しいものなのです。 「旅情」とでも言うのでしょうか。 この何とも言えぬ感情が きっと旅の醍醐味。 日常を離れて 静かに自分に語りかける… 波の音すら聞こえぬ、 透明な自分、 透明な自分、 無色透明な自分。 本当に大切なことに気がつくのは そんなときです。

 

小さな黒猫



納沙布岬にひっそりと佇む ライダースハウス鈴木食堂。 定食屋に併設された小さな宿に 泊まることができます。 私と梅村は灯台から宿に向かう薄暗い道の中 小さな小さな黒猫を発見しました。 「か、かわいい…」 「こんなに小さな子猫、見たことない!」 しかし、小さな黒猫は寒さに震え 動くことができなくなっていました。 なんとか助けたいと思いながらも、 「泊めてください」と挨拶するときに 猫まで連れていくのはどうかと、 心苦しいながらも、 私と梅村は小さな黒猫に 「なんとか頑張れよ」と声をかけ、 その場を後にしました。

 

鈴木食堂



宿に着くと迎えてくれたのは あたたかい笑顔が印象的な おじちゃんとおばちゃん。 「寒かったでしょ、ゆっくり休みなさい」 さっそく、名物「サンマ丼」を 振る舞ってくれました。 なんて温かい場所なんだ… 私たちは先に着いていた 2人の若い旅人と挨拶を交わし、 サンマ丼を完食しました。 そして、 ずっと気になっていた小さな黒猫の話を おじちゃんとおばちゃんにすると、 「ばか、なんで連れて来ねえんだ!」と 二人は外に飛び出し、猫を探しに行きました。 しかし、 あたりは真っ暗闇。 見つけるのは難しいだろうと思っていました。

 

素敵な夜に乾杯



「いたぞ!!!」 おじちゃんは手のひらに 小さな黒猫を包み、 笑顔で戻ってきました。 おばちゃんがあたたかいタオルで 猫を包み、牛乳を飲ませました。 黒猫は次第に元気を取り戻し テーブルの上をヨチヨチと歩き始めました。 その姿が可愛いこと。 4人の旅人とおじちゃん、おばちゃん、 みんなで猫のいるテーブルを囲み、 乾杯をしました。 小さな黒猫は鈴木食堂の名物にちなんで 「サンマ」と名づけられました。 「うちの看板猫よ」と上機嫌なおばちゃん、 「サンマ丼は複雑だね」と笑うおじちゃん。 6人はそれぞれの旅のこと、 人生のこと、 夜遅くまで語り合いました。 6人と1匹の奇跡… 私たちが今日、ここにいることが 何だか不思議に、 必然のように、 思いました。 自転車を盗まれていなければ、 旅は8月の予定。 予定通りならば、 二人の旅人、 バイクと酒をこよなく愛するサトシさん、 あたたかな笑顔が素敵な サイクリストの小松さん、 二人に会うことはなかったはず。 「あの時こうしていなかったら」 一瞬一瞬の奇跡が積み重なって 今日確かに、 ひとつのテーブルを囲み語り合っている… 旅はおもしろい。 人生は不思議。 出会いはなんて、 素敵なんだろう。

 

それから



夜も深くなり、 旅人の4人は早朝の、 日本一早い朝陽を眺めるために、 小さな小屋に布団を並べて眠りました。 電気を消して、 4人で少しだけ語り合ったあと 「おやすみー」と声を掛け合いました。 この人たち、 今日初めて会った人とは思えないなあと 私は旅の出会いに 胸を熱くしながら、 そっと瞳を閉じました。


-続く-

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